遊悠人さんの旅行記
テーマ:古城・寺院めぐり
旅行記タイトル:スリランカ/4つの世界遺産とアーユルベーダ体験紀行
旅行期間:2003/08/23〜2003/08/28

旅行記の内容: 悠裕人の旅
スリランカはインドの南に位置し、北海道をやや小さくした広さに約2000万人が住んでいます。
共和制をとるので大統領がおられます。
(チャンドリカ・バンダーラナーヤカ・クマトンガ大統領)ベトナムのようにある程度、マスコミや観光業者によって造られた人気とちがい、ここスリランカは見るに足る本物の遺跡や自然公園がすばらしいものでした。
また、アーユルベーダも想像とちがい、実にいろいろな目的ややり方がありました。
8/23(土)UL845便13:20発コロンボ直行便は300名の満員の客を乗せ、約9時間でスリランカへ、
チャーターしたワゴンで空港近くのエアポートホテルへ、時差3時間で午後6時ころチェック・イン。
この夜、ちょうどこのホテルで結婚式があり、夜中まで飲めやうたえの大騒ぎでした。
我々は、明日からの研修に備え、早めに就寝です。
8/24(日)8時30分ホテル発古都ポロンナルワへ、ワゴンで約4時間のちょっと長い道のりです。
簡易舗装が多く、ゆっくり寝てられる状況ではありませんが、車はクーラーも効いており、快適です。
ここは最初の首都アヌラーダプラから、10世紀末タミール人に追われたシンハラ人が造った第2の首都になります。
このシンハラ王朝は仏教の普及に力をいれたため、多くの仏教遺跡があちこちに、
それこそゴロゴロあります。
石立像から始まり、ポトグル・ヴィハーラの図書館跡、7階もある壮大な宮殿跡、クワドラングル、アタダーゲ、ワタタ-ゲ、ハタターゲ、ガルポタ、パバル・ヴィハーラ、ランカテイラカ、キリ・ヴィハーラ、蓮の池(僧の沐浴場)
などなど。
ちょうどカンボジア/シェムリアップの寺院やミャンマー/バガンのパゴダのようでいくつあるのかわからないほどです。
(世界遺産1)
適当に切り上げ、近くのホテルで昼食、これから以後の食事は基本的にバイキングのカレーが主体となります。
約6?8種類のカレーをパサパサのご飯にまぜ手で食べます。
このあたりはサバンナのようなところで、草原と、ため池とまたジャングルの繰り返しとなり、これからシギリヤに向かう途中、いろんな自然動物に遭いました。
保護区となっているため、道路の
すぐそばで野生の動物が見られるのです。
象、鹿、マングース、ヤマアラシ、孔雀、オオトカゲなどで水牛や猿に至っては数え切れず、その他ひょう、ワニ、クマ、センザンコー、ホシガメなどがいます。
さて今晩のホテルはSIGILIYA VILLAGE HOTELです。
このホテルはイタリア人の設計だろうか?広い敷地にコテージが並んでいて、その部屋はすごくシンプル。
でも必要なものはさりげなくすべてあるのです。
たとえば、ろうそくとマッチ、天井から下がった大きなfan、背もたれの高いしゃれた椅子。
ただしバスタブはなくシャワーのみです。
夕食後、ホテル内のアーユルベーダを体験(第1回)しました。
ここは医療行為としているため、まず医師が健康チェックをし、ボデイ・マッサージだけ受けました。
アーユルベーダの共通の特徴としてハーバルオイルを多量に使いマッサージしますので、頭から体中ベトベトになります。
ここはあまりオススメできる内容ではありませんでした。
要するにヘタでした。
観光地なので期待はしてなかったのですが、全くそのとおりでした。
明日は今回のメイン観光であるシギリヤ・ロック(世界遺産2)に登ります。
8/25(月)いろんな鳥の鳴き声で目を覚ましました。
昨夜はいい夢をいっぱい見たようです。
混まないよう、8時には出発し、シギリヤ・ロックへ、それはジャングルの中に垂直にそそり立つ岩山。
地中深くに眠っていた花崗岩塊が南側からの横圧で褶曲し、せりあがったものと思われ、まさに片麻岩化しています。
登ること、階段1200余り。
中腹の壁に描かれたシギリヤ・レデイはあまりにも有名。
また、かつては鏡のようなミラー・ウオールを抜け、頂上に立ちました。
強い風で飛ばされそうです。
360度見渡せる景観。
まわりは壮大なジャングルです。
そもそも5世紀後半、父を殺し、王位を奪った長男カーシャパが弟の復讐を恐れ、この垂直に切り立った岩山の頂上になんと王宮を建て、11年間国を統治したのです。
しかし最後は弟に攻められ自害する。
この遺跡はつい最近(19世紀後半)見つかったばかりなのです。
人間の野望と悲しみに満ちたシーギリヤ、カーシャパほど孤独な王はいないだろうね。
その後、ダンブッラの石窟寺院(世界遺産3)へ
この寺院も岩山の中腹にあり、やはり階段を300段ほど(?)登ります。
5窟からなり、それぞれ涅槃仏や多くの仏像が安置されています。
古くは2100年前の14mある涅槃仏が有名です。
ちなみに両足親指がずれているのが涅槃仏で、そろっていれば寝釈迦です。
微妙な違いですが。
その後、さらに南下し、キャンデイ(世界遺産4)へたどり着いたのは夕刻になりました。
ホテルはマハウェリ河の河畔に建つMAHAWERI REACH HOTEL、コロニアル風のすばらしいホテルです。
少し休憩して、さっそくキャンデイ・ダンスを見に出かけました。
その後、夕食前に街のアーユルベーダ医院で2回目の体験治療です。
ここは、街から少し離れた治療院で街の人が気軽に来ていました。
フルボデイ・マッサージとスチーム・サウナ、ハーバル・バスを体験しました。
ベッドが
木製だったので膝が痛くなりました。
2時間US40$
8/26(火)キャンデイは高原の盆地にあるスリランカ第2の都市です。
約1000mの高原にあるせいか朝晩の風がとても快適です。
軽井沢の別荘地のようです。
まずはキャンデイ湖のほとりにある仏歯寺へ。
もと王宮跡ということで、とても広く、立派なものです。
ただ3年ほど前にタミール人とシンハラ人との抗争でテロがあり、爆弾を積んだ車が突っ込んだそうで、警戒は厳しいものでした。
仏歯寺とは名前のごとく、仏様の歯をインドから運び祭ったお寺です。
ここではそれが王権の象徴でもあり、アヌラーダプラ→ポロンナルワ→キャンデイへと遷都とともに運ばれてきたものです。
スリランカといえば、宝石とセイロン茶とが有名です。
さっそくブルーサファイアの指輪を30分頑張って約3割値切って買いました。
そして茶畑を見て、セイロン紅茶の工場でお土産を買いました。
途中、象の孤児院で45頭の水浴をみて、そこからベルワラのホテルまで約4時間かかりました。
最後の宿泊は EDEN RESORT&SPAでインド洋に面し、大きなプールのあるホテルです。
お客のほとんどはヨーロッパからで、特にドイツ、フランス、スペイン、イタリア、イギリス人が多いようです。
やっとここのプールでひと泳ぎできました。
8/27(水)午前中はこのホテル内のスパで3回目のアーユルベーダを体験しました。
コースはフルボデイ・マッサージ、ハーバル・スチーム、ハーバル・バス、そして念願のシロダーラを選びました。
このシロダーラこそ、温めたハーバル・オイルを額に垂らしていくアーユルベーダを象徴する施術法なのです。
約2時間US70$
そして、プールでひと泳ぎしたあと、最後の昼食をとり、コロンボに向かいました。
途中、シュダレッパ・アーユルベーダ・ヘルス・リゾートに寄り、専属のドクターからアーユルベーダの講習の可能性などの話を伺いました。
ドクターの強調したことはアーユルベーダはマッサージではなく治療なのだ、ということでした。
言葉はインド同様クセがありますが、もと英国の植民地だったので、どこでも英語が通じます。
まだまだはだしの人も多く、全体的に貧しいですが、人々はとても人なつこく、目が合うと必ず微笑が返ってきます。
そして夕刻ULのモルジブ/マーレ経由で12時間をかけ、翌日昼前成田に戻りました。
4泊6日の駆け足旅行でした。
帰りがけちょうど上海の上空を飛んだのですが、来週から再び上海で中医学の講習が始まります。
ガンバラナクッチャ!
写真: 悠裕人の旅
スリランカはインドの南に位置し、北海道をやや小さくした広さに約2000万人が住んでいます。
共和制をとるので大統領がおられます。
(チャンドリカ・バンダーラナーヤカ・クマトンガ大統領)ベトナムのようにある程度、マスコミや観光業者によって造られた人気とちがい、ここスリランカは見るに足る本物の遺跡や自然公園がすばらしいものでした。
また、アーユルベーダも想像とちがい、実にいろいろな目的ややり方がありました。
8/23(土)UL845便13:20発コロンボ直行便は300名の満員の客を乗せ、約9時間でスリランカへ、
チャーターしたワゴンで空港近くのエアポートホテルへ、時差3時間で午後6時ころチェック・イン。
この夜、ちょうどこのホテルで結婚式があり、夜中まで飲めやうたえの大騒ぎでした。
我々は、明日からの研修に備え、早めに就寝です。
8/24(日)8時30分ホテル発古都ポロンナルワへ、ワゴンで約4時間のちょっと長い道のりです。
簡易舗装が多く、ゆっくり寝てられる状況ではありませんが、車はクーラーも効いており、快適です。
ここは最初の首都アヌラーダプラから、10世紀末タミール人に追われたシンハラ人が造った第2の首都になります。
このシンハラ王朝は仏教の普及に力をいれたため、多くの仏教遺跡があちこちに、
それこそゴロゴロあります。
石立像から始まり、ポトグル・ヴィハーラの図書館跡、7階もある壮大な宮殿跡、クワドラングル、アタダーゲ、ワタタ-ゲ、ハタターゲ、ガルポタ、パバル・ヴィハーラ、ランカテイラカ、キリ・ヴィハーラ、蓮の池(僧の沐浴場)
などなど。
ちょうどカンボジア/シェムリアップの寺院やミャンマー/バガンのパゴダのようでいくつあるのかわからないほどです。
(世界遺産1)
適当に切り上げ、近くのホテルで昼食、これから以後の食事は基本的にバイキングのカレーが主体となります。
約6?8種類のカレーをパサパサのご飯にまぜ手で食べます。
このあたりはサバンナのようなところで、草原と、ため池とまたジャングルの繰り返しとなり、これからシギリヤに向かう途中、いろんな自然動物に遭いました。
保護区となっているため、道路の
すぐそばで野生の動物が見られるのです。
象、鹿、マングース、ヤマアラシ、孔雀、オオトカゲなどで水牛や猿に至っては数え切れず、その他ひょう、ワニ、クマ、センザンコー、ホシガメなどがいます。
さて今晩のホテルはSIGILIYA VILLAGE HOTELです。
このホテルはイタリア人の設計だろうか?広い敷地にコテージが並んでいて、その部屋はすごくシンプル。
でも必要なものはさりげなくすべてあるのです。
たとえば、ろうそくとマッチ、天井から下がった大きなfan、背もたれの高いしゃれた椅子。
ただしバスタブはなくシャワーのみです。
夕食後、ホテル内のアーユルベーダを体験(第1回)しました。
ここは医療行為としているため、まず医師が健康チェックをし、ボデイ・マッサージだけ受けました。
アーユルベーダの共通の特徴としてハーバルオイルを多量に使いマッサージしますので、頭から体中ベトベトになります。
ここはあまりオススメできる内容ではありませんでした。
要するにヘタでした。
観光地なので期待はしてなかったのですが、全くそのとおりでした。
明日は今回のメイン観光であるシギリヤ・ロック(世界遺産2)に登ります。
8/25(月)いろんな鳥の鳴き声で目を覚ましました。
昨夜はいい夢をいっぱい見たようです。
混まないよう、8時には出発し、シギリヤ・ロックへ、それはジャングルの中に垂直にそそり立つ岩山。
地中深くに眠っていた花崗岩塊が南側からの横圧で褶曲し、せりあがったものと思われ、まさに片麻岩化しています。
登ること、階段1200余り。
中腹の壁に描かれたシギリヤ・レデイはあまりにも有名。
また、かつては鏡のようなミラー・ウオールを抜け、頂上に立ちました。
強い風で飛ばされそうです。
360度見渡せる景観。
まわりは壮大なジャングルです。
そもそも5世紀後半、父を殺し、王位を奪った長男カーシャパが弟の復讐を恐れ、この垂直に切り立った岩山の頂上になんと王宮を建て、11年間国を統治したのです。
しかし最後は弟に攻められ自害する。
この遺跡はつい最近(19世紀後半)見つかったばかりなのです。
人間の野望と悲しみに満ちたシーギリヤ、カーシャパほど孤独な王はいないだろうね。
その後、ダンブッラの石窟寺院(世界遺産3)へ
この寺院も岩山の中腹にあり、やはり階段を300段ほど(?)登ります。
5窟からなり、それぞれ涅槃仏や多くの仏像が安置されています。
古くは2100年前の14mある涅槃仏が有名です。
ちなみに両足親指がずれているのが涅槃仏で、そろっていれば寝釈迦です。
微妙な違いですが。
その後、さらに南下し、キャンデイ(世界遺産4)へたどり着いたのは夕刻になりました。
ホテルはマハウェリ河の河畔に建つMAHAWERI REACH HOTEL、コロニアル風のすばらしいホテルです。
少し休憩して、さっそくキャンデイ・ダンスを見に出かけました。
その後、夕食前に街のアーユルベーダ医院で2回目の体験治療です。
ここは、街から少し離れた治療院で街の人が気軽に来ていました。
フルボデイ・マッサージとスチーム・サウナ、ハーバル・バスを体験しました。
ベッドが
木製だったので膝が痛くなりました。
2時間US40$
8/26(火)キャンデイは高原の盆地にあるスリランカ第2の都市です。
約1000mの高原にあるせいか朝晩の風がとても快適です。
軽井沢の別荘地のようです。
まずはキャンデイ湖のほとりにある仏歯寺へ。
もと王宮跡ということで、とても広く、立派なものです。
ただ3年ほど前にタミール人とシンハラ人との抗争でテロがあり、爆弾を積んだ車が突っ込んだそうで、警戒は厳しいものでした。
仏歯寺とは名前のごとく、仏様の歯をインドから運び祭ったお寺です。
ここではそれが王権の象徴でもあり、アヌラーダプラ→ポロンナルワ→キャンデイへと遷都とともに運ばれてきたものです。
スリランカといえば、宝石とセイロン茶とが有名です。
さっそくブルーサファイアの指輪を30分頑張って約3割値切って買いました。
そして茶畑を見て、セイロン紅茶の工場でお土産を買いました。
途中、象の孤児院で45頭の水浴をみて、そこからベルワラのホテルまで約4時間かかりました。
最後の宿泊は EDEN RESORT&SPAでインド洋に面し、大きなプールのあるホテルです。
お客のほとんどはヨーロッパからで、特にドイツ、フランス、スペイン、イタリア、イギリス人が多いようです。
やっとここのプールでひと泳ぎできました。
8/27(水)午前中はこのホテル内のスパで3回目のアーユルベーダを体験しました。
コースはフルボデイ・マッサージ、ハーバル・スチーム、ハーバル・バス、そして念願のシロダーラを選びました。
このシロダーラこそ、温めたハーバル・オイルを額に垂らしていくアーユルベーダを象徴する施術法なのです。
約2時間US70$
そして、プールでひと泳ぎしたあと、最後の昼食をとり、コロンボに向かいました。
途中、シュダレッパ・アーユルベーダ・ヘルス・リゾートに寄り、専属のドクターからアーユルベーダの講習の可能性などの話を伺いました。
ドクターの強調したことはアーユルベーダはマッサージではなく治療なのだ、ということでした。
言葉はインド同様クセがありますが、もと英国の植民地だったので、どこでも英語が通じます。
まだまだはだしの人も多く、全体的に貧しいですが、人々はとても人なつこく、目が合うと必ず微笑が返ってきます。
そして夕刻ULのモルジブ/マーレ経由で12時間をかけ、翌日昼前成田に戻りました。
4泊6日の駆け足旅行でした。
帰りがけちょうど上海の上空を飛んだのですが、来週から再び上海で中医学の講習が始まります。
ガンバラナクッチャ!
シギリヤレデイ:シギリヤロックの壁に描かれた女性

ボロンナルワの仏像

アーユルベーダでのシュロダーラ

シギリヤロックを登る。
巨大なライオン像の爪が見える。

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